上六ツ川内科クリニックは、専門医による
専門性の高い医療を提供しています

上六ッ川内科クリニックの医師紹介ページです。院長をはじめ
スタッフ一同、患者さまに選ばれるクリニックでありたいと願っております。
これからも患者さまを常にサポートしていきたいと思っております。

呼吸器科_42

三島先生

資格
日本呼吸器学会専門医、日本アレルギー学会専門医
日本内科学会認定医、日本禁煙学会専門医
身体障害者福祉法指定医師(呼吸器機能障害)
略歴
平成9年3月
横浜市立大学医学部卒業
平成9年4月
横浜市立大学附属病院
呼吸器内科・循環器内科・消化器内科・糖尿病内科など内科各専門分野について研修
平成11年4月
三浦市立病院 内科
平成13年4月
横浜市立大学大学院 病態免疫制御内科学博士課程入学
呼吸器内科専門医として勤務、医学博士取得
平成17年4月
横浜船員保険病院 内科・呼吸器科
平成19年10月
上六ッ川内科クリニック 開院
所属
学会
米国胸部疾患学会(ATS), 日本肺癌学会
日本呼吸器内視鏡学会、日本分子生物学会
日本細胞生物学会
横浜内科学会 呼吸器疾患の知識を増やす会 代表世話人
●経歴

平成9年横浜市立大学医学部卒業。呼吸器内科専門医として活躍する一方、現代医学の限界を痛感。医学研究による解決を目指し、横浜市立大学大学院入学。分子細胞生物学を専門として、がん転移に関連する細胞機能の研究を行い、平成17年医学博士取得。

その後再び臨床の現場に戻り、横浜船員保険病院呼吸器内科で勤務。多くの患者さんと向き合う中で、最大の問題は症状がひどくなってからでないと来院してもらえない医療の世界の構造的な問題であると認識。

この問題解決のために「症状がまだ軽いうちに気軽にかかってもらえるクリニックをつくろう」と決意し、平成19年横浜市南区に呼吸器内科専門の「上六ッ川内科クリニック」を開院。病気が進行すると改善が難しい呼吸疾患の早期発見・早期治療の重要性を伝えている。

現在、毎月500人以上の喘息患者と100名以上のCOPD患者を診療。諸悪の根源であるタバコの撲滅と禁煙治療に力を注ぎ、呼吸器疾患で苦しむ人のいない社会の実現を目指している。
年間約100名の禁煙指導を行い、84.6%の禁煙成功率を達成している。

●メディア出演

呼吸器疾患で苦しむ人々を救う専門医として、TVの密着を受けました。



日本経済新聞「私の道しるべ」
私の道しるべ
WEBインタビュー番組「覚悟の瞬間」
覚悟の瞬間 医療法人社団 ファミリーメディカル 上六ッ川内科クリニック 三島渉
●書籍
「2014最新版 現代の赤ひげ 医療最前線の名医12人」(現代書林)
「頼れるドクター横浜 2016-‐2017 ドクターズファイル 特別編集」(ギミック)
「ご近所ドクターBOOK2016」(ぱど)
●講演/セミナー
・平成28年 横浜内科学会にて座長
・平成25年横浜市南区医師会学術講演会座長(講演) 「COPDの病態と治療の進歩」 「慢性咳嗽の診断と治療」
・平成17~18年 横浜市保土ヶ谷区内の各小学校にて「小学生のための禁煙教室」開催

その他、アステラス製薬、ノバルティスファーマ、グラクソ・スミスクライン、杏林製薬など、 製薬会社主催の講演会・社内研修会で喘息・COPDに関する講演多数。

上六ツ川内科クリニックでは「地域密着の姿勢を保ちながら専門性の高く信頼できる医療」をモットーに私の専門分野である呼吸器内科の診療を中心として、内科・小児科の診療を スタッフ一同全力で行っています。皆様の健康の窓口として、どんなことでもお気軽にご相談ください。

山本栄治

山本先生

資格 日本内科学会 内科総合専門医
日本内科学会 認定医
略歴
 
 

 私は長崎県の非常に貧しい山の中で、保育園幼稚園に行くこともなく、自然と、家の中でのNHK教育番組による自習で育ちました。小学校4年生のとき、左足に地図状の色素のない部分が現れ、海岸地区の診療所まで週2回軽トラックに乗せてもらい通いました。

しかし治療の甲斐なく1年たっても状態は改善せず、結局高校2年のときバイクで1時間半のところにある大きな病院の皮膚科に行き、一部皮膚を切り取る検査を受け、治療では治らない遺伝性疾患だと分かりました。このとき、優れた医師とそうでない医師が世の中にはいると思いました。病院で出会った皮膚科の先生のように格好いい人間になれたらなあとおぼろげながらにその頃は思っていました。

 私の家は姉、兄もおり、両親は教育費に出せるお金は本当にわずかだったと思います。私の住んでいた地区は、戦後開拓農家の集落で、土地もやせており、経済的にみな苦しい人が多かったようです。そのため付近の人たちは、行っても高校までで、大学に行った人はいませんでした。ましてや医学部などに行こうとする人はいないありさまでした。

私はどうしても学問をしたい、できればあの皮膚科の先生のように格好いい人間になりたい、そう強く思い、学費と生活費の実質免除制度のある、とある医科大学に進学したのでした。

 大学卒業後は、小児科、外科、脳外科、心臓血管外科、内科、麻酔科、放射線科を2年間かけて研修し、その後離島で合計7年間勤務しました。一般内科、消化器内科、循環器内科、腎臓内科などを大学派遣の先生といっしょに担当しました。本土にかえってからは、一般内科の研鑽に加え、リウマチ、膠原病、感染症、在宅診療、アレルギーなどの診療を行ってきました。本土に帰ってから内科認定医と総合内科専門医の資格をとりました。

 私の中には、いつも貧しかったころのあの時代があります。できるだけ可能な範囲で皆様からお話をお聞きし、何が本当は困っていらっしゃるのかを腹の底からくみ取ることが大切だと思っております。

そして最新の医学知識と、今までの多くの患者様から教えて頂いた経験と知恵とをもって、患者さんの中にある病気を、目に見えないものさえも見るように、常に切り火のような診断と治療態度で臨んでいきたいと思います。

井畑淳

井畑先生

資格 日本リウマチ学会 専門医 / 指導医
アメリカリウマチ学会 専門医
日本内科学会 内科総合専門医
アメリカ内科学会 専門医
日本感染症学会 感染症専門医
日本化学療法学会 抗菌化学療法指導医
略歴 横浜南共済病院 膠原病リウマチ内科 医長
国立病院機 構横浜医療センター リウマチ科 部長
子供の頃、両親は共働きだったのですが、母は身体が弱く仕事から帰ると咳き込んだりすぐに寝込んでいたのを覚えています。3人兄弟の真ん中だった私は、歳の近い弟の世話を任され、平日は買い物、料理を手伝ってくれました。

 寝込んでいる時の母親の口癖は「誰か一人お医者さんになってくれればねえ」でした。実際には専門が違うため母親の治療ができるわけでもなく、あまり助けにはなっていないのですが、この職業を選ぶにあたって上記のような環境が影響したことは否定できません。

受診する患者さんは体調が悪いだけでなく、病気についてわからないことから不安をお持ちなっている方が多いと思います。受診することで、身体だけでなく心の重荷を減らし、すっきりした表情で自宅に帰れるような外来を目指しています。

山﨑潤

山﨑先生

資格 日本腎臓学会 専門医
日本内科学会 内科総合専門医
日本透析学会 透析専門医
略歴 横浜市立みなと赤十字病院 腎臓内科
 私はさいたま市出身で、埼玉県人のあこがれの地、横浜に2年前に移り住みました。少年時代は草野球をしたり、相撲をしたり、外で走り回って楽しく過ごしていました。中学に入り、硬式テニス部に入部してからは、テニスに明け暮れる日々を送りました。もともとサラリーマンになるぞ、と考えていたため、大学は文学部に入学。

 しかし医療倫理の講義の中で、重症患者さんが治療の甲斐あり笑顔で手を振って退院する映像を見たのがきっかけで、自分もこのような、人を笑顔にする医師になりたいと強く思うようになり、再受験を決意、医学部に入り直しました。

 自分は腎臓内科で、高血圧、糖尿病など生活習慣病が専門ですが、総合内科医として喘息など呼吸器疾患や一般内科を広く診療してきました。

 実際に医師になってから驚いたことは、症状が良くなったからと通院を自己中断してしまったために、病気が進行して緊急入院する方々が本当に多いことです。悪くならないようにすること、進行させないようにすることの大切さを痛感しました。

 やはり、それには継続した治療が大切になります。そのような方が一人でも減るように、患者さん一人一人に合った、質の高い医療を提供していきたいと考えています。患者さんに笑顔になってもらい、健康で楽しい人生を送ってもらえるように頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

小林裕貴

小林先生

資格 日本内科学会 認定医
略歴 横浜市立大学附属病院 循環器内科
私は山形出身で、市街地といえど当時はまだ周囲に田んぼの残るような環境の中、のびのびと育ちました。公園や河原、田んぼで遊ぶような機会もあったことが、今になって振り返ればとても豊かな少年時代を築いてくれたこと、また明るく前向きな性格を培ってくれたことと思います。

 また12歳ころでしょうか、テニスを始めてからは、ひたむきにテニスの練習と試合に打ち込む毎日でした。結局、大学時代まで全て部活動でテニスを続けることになり、自分でも驚いています。厳しい練習や、結果がついてこない時もありましたが、そのような中で「少しでも改善しよう」と日々目標に向けて努力したことは大きな財産です。

 テニスに打ち込む傍ら、医師を志すようになったのは高校一年生の頃でした。私の父は勤務医をしており、夜中や休日にも病院へ行く姿を幼少の頃はなんとなく、そして当たり前のように受け取っていました。そして成長するにつれ、医師はやりがいはあるのだろうけど、少し忙しそうだな、なんていうように思うこともありました。

 しかし高校一年生になり、漠然とでも自身の将来の姿を多少なりとも想像するようになると今度は、忙しさはあれど直接誰かのために働くができる。そんな医師という職業に自分も就いてみたい、と意識するようになりました。

 以降医学部へ進学・卒業し初期研修後に循環器内科医となり本日に至っているのですが、医療を取り巻く環境は本当に日進月歩、日々大きく変わっていると実感しています。10年前とは比べようのないような大量の医療に関する情報が玉石混合の状態で社会に飛び交う反面、医学は日々科学としての進歩を遂げ、根拠に基づいた、ある意味ではルール化された検査や治療が可能となっています。

 また先進的な検査法や治療法が次々と登場することは、そのような状況をより一層複雑にしているといえるでしょう。そのような中で私が常日頃心がけていることは、自身が患者さんと医療の「接点」であることを自覚するということです。

 医療従事者、特に我々医師が患者さんの症状や悩みをパーソナリティや背景も含めて正確に把握し、接点となって適切かつ必要な医療に結びつける。そのためには常に新しく、正しい知識を持たねばならないし、一人一人の患者さんを深く知るべく、診察や会話を行う必要があります。なにを当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、私が大事にしたいのはそんな医療に携わる者が持つべき基本姿勢に他なりません。「言うは易し、行うは難し」、人に紐づいた医療を心がけ、精一杯の誠意をもって診察させていただこうと思います。

辻村静代

辻村先生

資格 日本リウマチ学会 評議員
日本リウマチ学会 専門医
日本内科学会 内科総合専門医
日本医師会認定 産業医

略歴 産業医科大学 第一内科 非常勤助教
関節リウマチや、全身性エリテマトーデスといった全身性自己免疫疾患(膠原病)は、本来自分を守るための
免疫機能が調子を崩して炎症を起こし、様々な症状が生じます。

症状の経過と診察所見に基づいた診療を中核に、必要な検査を適宜行いながら、エビデンスに基づいた、より適切な治療を行うことを心がけています。

膠原病治療は日々進歩していますが、難治性で病気と長く付き合うことが少なくありません。病気を抱えながらも家庭・社会生活が送っていけるように共に病気に向き合っていきましょう。

佐々木秀哲

佐々木先生

資格 日本内科学会認定医
略歴 横浜南共済病院 内分泌代謝内科
横浜市立大学 内分泌 糖尿病内科学教室
私は、父も祖父も医師という家庭で育ちました。
特に幼少時に医師という職業に憧れたことはありませんでしたが、自分が医学部に進学することを決めたのは、少なからず育った環境が影響していたのかもしれません。

 

自分は糖尿病内科医として総合病院で勤務してきました。
糖尿病内科医の道を選んだのは、「人と話す」ことが多い内科医であると思ったからです。
医師になると決めてから一貫していたことは、地域を支える医師でありたいという思いでした。
私は、地域を支える医師は、対話を行い、コミュニケーションをとることが何より重要と考えています。

 

日々の診療では、「話をする」時間は限られてしまいますが、できるだけ患者さんと親密な関係を築くことを常に心がけています。

診察担当表

   

受付時間
午前9:00~
午前11:30
(初診は11:00まで)
三島 三島 山本 三島 三島 三島 三島
山本 山本 山崎
(腎臓内科)
佐々木
(糖尿病)
山本 山本 辻村
(リウマチ・
膠原病科)
午後15:30~
午後18:00
(初診は17:30まで)
三島 山本 山本 上野 井畑
(リウマチ・
膠原病科)
小林
(循環器科)
14:00~16:30
初診は16:00まで
休診
山本 内田/中嶋
(循環器科)
山崎
(腎臓内科)
山本

患者様ひとりひとりの立場にたって
温かい対応を心がけております

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