咳で嘔吐が起こる原因と考えられる病気

呼吸器の専門医として多くの咳症状の患者さんを診察していると、激しく咳き込むことで嗚咽が出たり、嘔吐してしまった(嘔吐しかけた)というケースをお聞きすることがあります。
小さい子どもが咳き込んで吐くことはよくあり、心配ない場合も多いのですが、激しい咳が続いているなら、喘息などの呼吸器疾患の可能性もあります。
この記事では、激しい咳と嘔吐がある病気についてお伝えします。
目次
1. 咳・嘔吐が起こる理由
咳と嘔吐は、どちらも体を守るために必要な反射です。
1-1.なぜ咳が出るのか
咳は、気道に入った異物や痰などを、体外へ排出するために必要な防御反射です。
気道は空気を肺へ送る通路であり、ここが塞がれたり刺激を受けたりすると、呼吸が妨げられます。
そのため、体は異物を速やかに除去するため咳で追い出し、気道の通り道を確保しようとします。
また、異物や痰が気道内にとどまっていると、細菌やウイルスが増殖しやすくなり、肺炎や気管支炎などの感染症を引き起こす原因になります。
咳は、これらを排出することで、感染を防ぐ役割も担っています。
このように、咳は単なる不快な症状ではなく、気道を清潔に保ち、安全な呼吸を維持するために必要な生理的反応として位置づけられています。
【参考情報】『Cough』Cleveland Clinic
https://my.clevelandclinic.org/health/symptoms/17755-cough
1-2.なぜ嘔吐が起こるのか
嘔吐は、脳の延髄にある嘔吐中枢が刺激されることで起こる反射です。胃や腸の異常だけでなく、体のさまざまな情報が統合されて引き起こされます。
一般に、嘔吐は体を守る反応の一つと考えられています。たとえば、細菌やウイルス、毒素などが胃に入った場合、それらを腸へ送り込む前に排出することで、体への影響を抑えようとすることがあります。
胃炎などで胃の粘膜に強い炎症がある場合は、内容物そのものが刺激となり、消化を続けることが負担になります。
このような状況では、胃を空にすることで粘膜への刺激を減らそうとして嘔吐が起こることがあります。
また、感染症や全身に炎症が広がっているときには、炎症性物質が脳や自律神経に影響を与え、嘔吐中枢が刺激されることがあります。
この場合、胃そのものに明らかな異常がなくても、吐き気や嘔吐が生じることがあります。
このように、嘔吐は消化管のトラブルだけでなく、全身状態や神経の反応を反映して起こる症状でもあります。
【参考情報】『嘔気と嘔吐』日本薬学会
https://www.pharm.or.jp/words/word00969.html
2. 咳き込みが原因で嘔吐するケース
咳と嘔吐が同時にみられる場合、最も考えられるのが、激しい咳き込みそのものが引き金となって嘔吐が起こるケースです。
2-1. 咳き込み嘔吐の原因となる病気
咳き込み嘔吐を起こしやすい病気には、次のようなものがあります。
<喘息>
激しく発作的な咳が続き、咳き込み嘔吐を起こすことがあります。
◆「喘息」についてくわしく>>
<気管支炎>
炎症による咳が強く、咳の発作が続いた後に嘔吐がみられることがあります。
◆「喘息性気管支炎」とは?>>
<百日咳>
乳幼児に多くみられる呼吸器感染症で、連続する激しい咳発作の後に嘔吐を伴うことがあります。
◆「百日咳とはどんな病気?」>>
<後鼻漏(こうびろう)>
鼻水が喉に流れ落ちることで喉が刺激されて激しい咳が出ます。また、喉に絡んだ粘液を排出しようとする反射が嘔吐を引き起こします。副鼻腔炎などが背景にある場合が多いです。
2-2. 咳き込み嘔吐の特徴
咳き込み嘔吐には、いくつかの共通した特徴があります。これらを知っておくと、胃腸炎などとの見分けがしやすくなります。
まず、嘔吐は咳の直後に起こることが多いです。激しく咳き込んだあと、急に吐いてしまうことがあり、吐く前に強い吐き気が長く続くことはあまりありません。
次に、吐いたものの内容は、食べたものの残りや、飲み込んだ痰や鼻水などが中心で、黄色や緑色の液体(胆汁)が混じることは少なめです。これは、胃や腸の病気が原因ではないことを示す手がかりになります。
また、下痢を伴わないことが多いのもポイントです。熱や食欲の低下があっても、下痢が目立たない場合は、胃腸炎よりも咳を引き起こしている病気を考える必要があります。
3. 嚥下が十分にできず咳と嘔吐が起こるケース
咳と嘔吐が同時にみられる背景には、嚥下(えんげ;飲食物を飲み込んで胃へ送ること)が追いつかず、分泌物が喉にたまることがあります。
これは、咳き込み嘔吐とは異なり、強い咳そのものがきっかけではなく、鼻水などの分泌物が増える状況や、飲み込む力が低下した状態で起こります。
3-1 なぜ分泌物で咳や嘔吐が起こるのか
鼻水・痰・唾液といった分泌物は、健康な状態では無意識に飲み込まれ、問題なく処理されています。
しかし、風邪などの呼吸器感染症などで分泌物の量が増えたり、体力低下や年齢の影響で嚥下のタイミングや力が弱くなると、分泌物が喉にたまりやすくなります。
喉にたまった分泌物は、咽頭や喉頭を刺激し、えずきや嘔吐反射を引き起こします。また、分泌物がわずかに気道に入りかける微小誤嚥(不顕性誤嚥)が起こると、それを排出しようとして咳が出て、結果として嘔吐に至ることもあります。
例えば、
・鼻水が喉に流れ込みやすい(後鼻漏)
・痰が多く、頻繁に咳払いをしている
・寝ているときや授乳後にえずきやすい
といった状況では、分泌物が処理しきれず、嘔吐につながることがあります。
3-2 年齢別の注意点
<乳児>
乳児は、飲み込む力がまだ十分に発達しておらず、鼻で呼吸するのも上手ではありません。そのため、少しの鼻水や痰でも喉にたまりやすくなります。
授乳中や授乳後にえずいたり、咳をした拍子に吐いてしまう場合は、こうした飲み込みにくさが関係していることが多いと考えられます。
<高齢者・神経疾患のある人>
高齢者や、パーキンソン病などの神経の病気がある人では、飲み込む力や咳で異物を出す力が弱くなりがちです。
そのため、鼻水や痰、唾液といった分泌物が喉にたまりやすくなります。
【参考情報】『パーキンソン病』難病情報センター
https://www.nanbyou.or.jp/entry/169
4. 咳と無関係に起こる嘔吐
咳と同時に吐いてしまうとき、咳と吐き気の原因がそれぞれ別の場合もあります。
4-1 感染症による嘔吐
肺炎、コロナ、インフルエンザなどの呼吸器感染症では、咳の強さとは関係なく嘔吐が起こることがあります。
感染が起こると、体はウイルスや細菌を排除するために炎症反応を起こし、サイトカインなどの炎症性物質が産生されます。
これらは血流を通じて延髄にある嘔吐中枢や神経系に影響を及ぼす場合があり、吐き気や嘔吐が生じることがあります。
また、自律神経への影響によって胃や腸の動きが低下し、嘔吐感が強まることもあります。
【参考情報】『Nausea, Vomiting, and Diarrhea Are Common in Community-Acquired Acute Viral Respiratory Illness』National Library of Medicine
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10238766/
4-2 感染症以外の要因による嘔吐
咳が出ている状況でも、嘔吐の原因が必ずしも感染症とは限りません。次のような全身的な要因で嘔吐が起こることもあります。
<脱水や発熱による体調不良>
特に乳幼児では、発熱だけで吐くことがあります。
<強い不安や緊張、過換気>
咳や息苦しさをきっかけに、自律神経が乱れて吐き気がすることがあります。
<薬剤の副作用>
解熱鎮痛薬、抗菌薬、咳止めなどで吐き気が出ることがあります。
<胃食道逆流症>
胃酸や胃内容物が食道に逆流し、その刺激によって咳が出ます。また、咳が逆流を悪化させ、嘔吐につながることがあります。
このタイプの嘔吐も、咳き込み嘔吐とは仕組みが異なり、咳が落ち着いても嘔吐が続くことがあります。
5.嘔吐したときの自宅での基本的な対処法
嘔吐した人が出た場合、自宅では次の点を意識して対応します。
<無理に食べさせない>
吐いた直後は胃や食道が強く刺激されており、飲食をすると再び嘔吐を誘発しやすくなるので、しばらくは安静にし、落ち着くのを待ちます。
横になる場合は、誤って吐いた物を吸い込まないよう、顔を横向きにします。
<水分を補給>
吐き気が軽くなってきたら、少量ずつ水分補給を始めます。
このとき、一度に多く飲ませると胃が刺激され、再び吐きやすくなるので、スプーン1杯程度の水や経口補水液を、数分おきに与える方法が基本です。
冷たすぎる飲み物や、甘い飲料は吐き気を悪化させることがあるため避けましょう。
<口の中を清潔にする>
口の中や喉に吐いた物が残っている場合は、清潔を保つことも大切です。
うがいができる人は軽く口をすすぎ、乳幼児やうがいが難しい場合は、湿らせたガーゼやタオルでやさしく拭き取ります。これにより、不快感や誤嚥のリスクを減らせます。
6.病院を受診する目安
咳と嘔吐がみられる場合でも、軽症で自然に改善することもあります。
しかし、次のような状態があるときは、自己判断で様子を見続けるのは避け、病院を受診しましょう
<咳き込み嘔吐が数日以上続く>
一時的な咳反射による嘔吐であれば、咳が落ち着くにつれて改善します。
しかし、数日たっても咳き込み嘔吐が続く場合は、喘息や咳喘息、百日咳、気管支炎などの呼吸器疾患が背景にある可能性があります。
<息苦しさや喘鳴がある>
呼吸が浅く早い、胸やお腹が大きく上下する、肩で息をしている、会話や哺乳が途中で途切れるといった様子がみられる場合は、呼吸が十分にできていない可能性があります。
喘鳴(ぜんめい:ゼーゼー、ヒューヒューという呼吸音)を伴う場合も含め、早めの受診が望まれます。
<発熱が続く、元気がない、反応が鈍い>
発熱が数日続く、ぐったりして動かない、食事や哺乳量が明らかに減っている場合は、感染症の進行や脱水が疑われます。
<水分がとれない>
水分を少量ずつ与えてもすぐに吐いてしまう、尿量が減っている、口や唇が乾いているといった場合は脱水のリスクが高く、点滴などの対応が必要になることもあります。
【参考情報】『Dehydration』Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/dehydration/symptoms-causes/syc-20354086
<高齢者の場合>
食後や横になったときに咳と嘔吐が起こる場合は、誤嚥性肺炎の前兆かもしれません。
7.おわりに
咳と嘔吐が同時にみられると、「胃腸炎ではないか」と考えがちですが、必ずしもそうとは限りません。実際には、激しい咳や呼吸器の病気がきっかけで嘔吐が起こるケースも多いです。
判断に迷ったときは、「咳が主な症状なのか」「嘔吐が主な症状なのか」という軸で整理すると、受診の必要性や受診先を考えやすくなります。
症状が続く、悪化する、息苦しさや全身状態の低下を伴う場合は、早めに病院を受診しましょう。












