妊娠中に咳が出る原因と安全な対処法

妊娠中に咳が続くと、「赤ちゃんに影響はないのだろうか」「薬を飲んでも大丈夫なのか」と不安になるかもしれません。
妊娠中の咳の多くは、体の変化によって起こる一時的なもので、そんなに気にする必要がないケースも少なくありません。
一方で、妊娠中は体調の変化が大きく、つわりや倦怠感に加えて咳が止まらないと、心配が強くなりがちです。
この記事では、妊娠中に咳が出る理由や、胎児への影響、咳を和らげる方法や受診の目安までを、医学的な視点からわかりやすく解説します。
目次
1. 妊娠中に咳が出やすくなる理由
妊娠中は、体の仕組みが大きく変化するため、咳が出やすくなることがあります。
1-1.免疫の変化
妊娠中は、赤ちゃんを守るために免疫の働きが普段とは少し異なる状態に調整されます。
免疫は本来、細菌やウイルス、アレルゲンなどの異物を排除するしくみですが、妊娠中は胎児を攻撃しないように反応のバランスが変わります。
そのため、感染症にかかったときの症状の出方が変わったり、咳が長引いたり、これまで問題のなかったアレルゲンに敏感になることがあります。
これは免疫が弱くなったわけではなく、必要な防御は維持しつつ、攻撃性の強い反応を抑える状態です。また、ホルモンや血流の変化も症状に影響します。
多くの場合、この変化は一時的で、妊娠の経過とともに落ち着くことが少なくありません。
ただし、咳が長く続く、息苦しさや発熱を伴う場合は、妊娠とは別の原因が隠れていることもあるため、早めに医療機関で相談することが大切です。
【参考情報】『How immune mechanisms are affected by pregnancy』National Library of Medicine
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12850338/
1-2.胃食道逆流症
妊娠中は、ホルモンや体の変化によって胃食道逆流症(GERD)のような症状が起こりやすくなります。
妊娠中に増えるプロゲステロンというホルモンには、筋肉をゆるめる作用があります。
食道と胃の境目には、胃の内容物が逆流しないようにする筋肉がありますが、プロゲステロンが増えると、この部分もゆるみやすくなります。
すると、胃酸や食べ物が食道へ逆流しやすくなり、胸やけや喉の違和感、咳といった症状が出ることがあります。しかし多くの場合、出産後には自然に症状が改善します。
【参考情報】『GERD and Pregnancy』UChicago Medicine
https://www.uchicagomedicine.org/conditions-services/esophageal-diseases/gastroesophageal-reflux-disease/gerd-and-pregnancy
症状が出た場合は、以下のような工夫を試してみてください。
・食事は少量に分けてとる
・就寝前2~3時間は食事を控える
・上半身を少し起こして横になる
・脂っこい食事や香辛料、カフェインなど刺激物を避ける
症状が強い場合は、産婦人科医に相談しましょう。
なお、胃食道逆流症の症状は、つわりと混同されることがあります。つわりは妊娠初期に多く、自然に軽くなることが多いのに対し、胃食道逆流症は妊娠中期以降に悪化しやすい傾向があります。
2. 妊娠とは別の原因で咳が出ている場合
妊娠中の咳の多くは、生理的な変化に伴う一時的なものですが、妊娠とは別の要因で咳が出ている場合もあります。
2-1.呼吸器感染症
発熱やのどの痛み、痰を伴う咳がみられる場合は、風邪やインフルエンザなどの呼吸器感染症が関係している可能性があります。
軽い咳で、発熱や息苦しさがなく、日常生活に大きな支障がない場合は、加湿を心がける、こまめに水分をとるなど、生活面での対処で様子を見てみましょう。
一方、38℃以上の発熱があり、強い倦怠感や関節痛、悪寒などがあれば、インフルエンザの疑いがあるので病院を受診していください。妊娠中でも、医師の判断により、タミフルなどの治療薬が処方されることがあります。
【参考情報】『Flu & Pregnancy』National CDC
https://www.cdc.gov/flu/highrisk/pregnant.htm
また、咳が長引いたり、強い倦怠感や息苦しさを伴う場合は、気管支炎や肺炎の可能性があります。
症状が強い場合、母体の低酸素や高熱を放置すると胎児にとってリスクになるため、病院を受診して適切な治療を受けてください。
2-2.喘息・咳喘息
妊娠をきっかけに、喘息や咳喘息を発症することがあります。また、もともと喘息や咳喘息がある場合、妊娠により症状が悪化することもあります。
妊娠中は、免疫の働きが調整され、アレルギー反応や気道の炎症が起こりやすくなることがあります。さらに、ホルモンの影響で気道の粘膜がむくみ、刺激に敏感になるため、軽い冷気や会話、運動などでも咳が出やすくなります。
受診を検討する目安の一つは、咳が2〜3週間以上続いている場合です。風邪による咳は、通常であれば1週間程度で軽くなっていきますが、喘息や咳喘息では、適切な治療を行わない限り、咳がなかなか改善しません。
妊娠中は薬を使うことに抵抗を感じ、症状を我慢してしまいがちですが、咳が続くことで睡眠不足になったり、体力を消耗したりすることもあります。
また、妊娠中に喘息発作が起こった場合、母体が低酸素状態になることで、胎児にも影響が及び、発育不全、早産、低出生体重などのリスクが高まる可能性があります。
一方で、適切に治療され、良好にコントロールされている喘息であれば、妊娠経過に大きな悪影響を及ぼすことは多くありません。吸入ステロイド薬を中心とした治療は、妊娠中でも安全性のデータが蓄積されており、必要に応じて適切に使用されます。
重要なのは、薬を自己判断で中断しないこと、発作が起きた場合は速やかに医療機関を受診することです。
【参考情報】『Pregnancy and Asthma』American College of Allergy Asthma and Immunology
https://acaai.org/asthma/asthma-101/who-gets-asthma/pregnancy-and-asthma/
3. 妊娠中の咳は胎児に影響する?
妊娠中の咳そのものは、通常、流産や早産の直接的な原因にはなりません。妊娠初期の流産の多くは、胎児側の染色体異常などによるもので、軽い咳が直接影響することはまれです。
【参考情報】『Does Cough & Cold During Pregnancy Impact My Baby?』American Pregnancy Association
https://americanpregnancy.org/pregnancy-questions/cough-cold-during-pregnancy/
ただし注意が必要なのは、咳の背景にある病気や母体の全身状態です。例えば、インフルエンザや肺炎などの感染症で高熱や全身のだるさが続く場合、母体に大きな負担がかかり、妊娠後期では子宮収縮を誘発することもあります。
また、切迫早産や子宮頸管が短いなどリスクがある場合は、強い咳でお腹の張りを感じやすくなることがあります。
咳が長引く、発熱や息苦しさを伴う、体調がすぐれない場合は、無理せず医療機関に相談することが大切です。
4. 妊娠中にできる咳を和らげる方法
妊娠中の咳は、生活環境を整えることで軽くなることがあります。
4-1.室内の乾燥を防ぐ
空気が乾燥していると、喉や気道の粘膜が刺激され、咳が出やすくなります。
加湿器を使ったり、濡れタオルを干すなどして、室内の湿度を40~60%程度に保つことが有効です。
特に睡眠中は口呼吸になりやすく、空気が乾燥していると喉や気道の粘膜が刺激され、咳が出やすくなります。
そのため、寝てから加湿を始めるのではなく、あらかじめ部屋の湿度を整えておくことで、乾燥を防ぎましょう。
また、暖房や冷房の使用は空気を乾燥させやすいため、温度設定を上げすぎないことも乾燥対策につながります。
4-2.こまめな水分補給
水分補給は、喉や気道の乾燥を防ぎ、痰を出しやすくする効果があります。
しかし、冷たい飲み物は喉を刺激して咳を引き起こすことがあるため、常温か温かい飲み物を選ぶとよいでしょう。
こまめな水分補給を続けるためには、意識せずに少量を繰り返し摂取する仕組みを作るのが有効です。
例えば、デスクやベッドサイドに水やカフェインを含まないお茶(麦茶、ルイボスティー、黒豆茶など)を置いておくことで、意識しなくても自然に口にしやすくなります。
飲むタイミングを決めておくのも一つの方法です。起床時、食事の前後、入浴後、就寝前など、生活の区切りごとに少量ずつ飲む習慣をつけると、飲み忘れを防げます。
一度に多く飲まないことも大事です。コップ半分程度を目安に、数十分〜1時間おきに少しずつ飲むほうが、体への負担が少なく、喉や気道の潤いも保ちやすくなります。
4-3.姿勢を工夫する
咳が強いときは、横になることで症状が悪化することがあります。
また、仰向けになると、痰や分泌物が喉の奥にたまりやすくなったり、胃酸が食道へ逆流しやすくなったりするため、咳が誘発される場合があります。
特に妊娠中は、子宮が大きくなることで腹圧が高まり、こうした影響を受けやすくなります。
このような場合には、上体をやや起こした姿勢をとることで、気道が確保されやすくなり、呼吸が楽になることがあります。
完全に起き上がる必要はなく、背中や肩の下にクッションを入れて、緩やかな傾斜をつけるだけでも効果が期待できます。
就寝時には、枕を高めにして上半身を支える工夫が有効です。枕を1つ追加する、バスタオルを折って背中の下に入れるなどして、首から胸にかけて無理のない角度を保ちます。
首だけが折れ曲がる姿勢はかえって呼吸を妨げることがあるため、頭だけでなく上半身全体を支えることがポイントです。
また、横向きで寝る場合でも、上半身が少し起きた姿勢を保つことで、咳が出にくくなることがあります。
4-4.咳を引き起こす刺激を避ける
タバコの煙、香りの強い洗剤や芳香剤は、気道の粘膜を刺激し、咳を悪化させる代表的な要因です。
妊娠中の敏感な体調では、このようなわずかな刺激でも症状が強く出ることがあります。
特に受動喫煙には注意が必要です。自分が吸っていなくても、周囲のたばこの煙を吸い込むことで、咳が悪化するだけでなく、体調不良の原因になることがあります。
家庭内や職場では、できるだけ煙を避けられる環境を整えることが重要です。
また、香りの強い洗剤や柔軟剤、芳香剤は、妊娠中でにおいに敏感になっていると、咳や喉の違和感を引き起こすことがあります。
製品を使用する際は、無香料や低刺激のものを選ぶと、気道への負担を減らせます。
4-5.ハチミツの摂取
ハチミツには咳を抑える効果があるという報告があります。咳がひどいときはハチミツをなめたり、お湯に溶かして飲んでみてください。
【参考情報】『Effect of honey, dextromethorphan, and no treatment on nocturnal cough and sleep quality for coughing children and their parents』PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18056558/
ただし、ハチミツは糖分が多いため、摂りすぎは体重増加につながる恐れがあります。目安としては、ティースプーン1杯程度を1日3回までにとどめるのが無難です。
1歳未満の乳児にハチミツを与えると、乳児ボツリヌス症という病気を発症する恐れがありますが、妊婦がハチミツを摂取しても、胎児がボツリヌス症になることはありません。
5.市販薬の使用に注意
妊娠中に咳が出た場合、市販の風邪薬や咳止め薬を自己判断で使用することは避けましょう。
市販薬には複数の成分が含まれていることが多く、妊娠中の安全性が十分に確認されていないものや、妊娠週数によっては使用を控えるべき成分が含まれている場合があります。
例えば、イブプロフェンなどのNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は、妊娠後期(特に30週以降)に使用すると、胎児の動脈管早期閉鎖や羊水量の減少を引き起こす可能性があるため、原則として避けるべきとされています。
【参考情報】『FDA recommends avoiding use of NSAIDs in pregnancy at 20 weeks or later because they can result in low amniotic fluid』FDA
https://www.fda.gov/drugs/drug-safety-and-availability/fda-recommends-avoiding-use-nsaids-pregnancy-20-weeks-or-later-because-they-can-result-low-amniotic
また、コデインなどのオピオイド系鎮咳成分は、長期使用や出産直前の使用によって新生児の呼吸抑制が問題となることがあり、自己判断での使用は適切ではありません。
さらに、咳の原因は必ずしも風邪とは限りません。喘息や咳喘息、胃食道逆流症、アレルギーなどが背景にある場合、一般的な風邪薬や咳止めでは十分な効果が得られないことがあります。原因に合わない薬を使用すると、症状が改善しないだけでなく、適切な診断や治療が遅れる可能性もあります。
一方で、すべての薬が妊娠中に使えないわけではありません。薬の種類や妊娠週数によっては、医師の判断のもとで使用されるものもあります。
妊娠中に咳が続く場合や薬の使用を検討する際は、妊娠週数を伝えたうえで、医師や薬剤師に相談し、安全性に配慮した対応をとることが重要です。
6. 受診の目安と相談先
妊娠中に咳が続く場合、まずはかかっている産婦人科で相談してください。
そのうえで、必要な対応や他科受診の判断が行われます。
6-1.呼吸器内科
咳が2週間以上続いている場合は、呼吸器内科の受診が検討されます。
長引く咳の原因として、喘息や咳喘息、アレルギーが挙げられます。これらは一般的な市販の咳止めでは十分に改善しないことが多く、吸入薬などの専門的な治療が必要になる場合があります。
また、発熱が続く、痰の色が濃い、胸の痛みがある場合には、気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症の可能性があります。
6-1.耳鼻咽喉科
鼻水や喉の違和感、後鼻漏(鼻水がのどに流れ込む感覚)が強い場合は、耳鼻咽喉科が適していることもあります。
副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎が背景にあると、のどへの刺激が続き、慢性的な咳につながることがありますが、このような場合、鼻や副鼻腔の治療を行うことで咳が改善することがあります。
6-3.妊娠中であることを必ず伝える
どの診療科を受診する場合でも、妊娠中であることと、妊娠週数を必ず伝えることが重要です。
妊娠中は使用できる薬や検査に制限があるため、情報共有が不十分だと不適切な治療につながる可能性があります。
事前に母子手帳を持参し、現在の症状や経過を簡潔に伝えることで、より安全で適切な診療を受けやすくなります。
7. おわりに
妊娠中の咳は、体の変化や環境要因によって起こることが多く、ほとんどは一時的なものです。
咳が出ているからといって、それだけで妊娠経過や胎児に深刻な影響が出るケースは多くありません。
一方で、妊娠中は体調の変化を自分で判断しにくく、不安を感じやすい時期でもあります。
咳が長引く、強くなる、他の症状を伴うなど、少しでも気になる点があれば、医師に相談して適切な治療を受けてください。











