喘息の妊婦が知るべき安全な治療法と赤ちゃんへの影響

喘息の治療中でも妊娠・出産することはできます。しかし「症状がひどくなるのでは?」「お腹の中の赤ちゃんに影響があるのでは?」と心配なこともあるでしょう。
妊娠は嬉しい出来事ですが、喘息を持つ方にとって『咳き込んだら赤ちゃんが苦しいのでは?』『毎日続ける薬は本当に安全?』と、不安が尽きないと思います。
アメリカの調査では、妊婦さんの3.7~8.4%が喘息を合併しているといわれており、決して他人事ではありません。
この記事では、喘息の妊婦さんの不安や疑問にお答えするとともに、気をつけてほしいポイントを紹介します。妊娠中でも安全に使える薬はありますので、上手に症状をコントロールしながら体調を管理していきましょう。
目次
1.妊娠前から知っておきたい喘息との付き合い方
妊娠を考えている喘息患者さんにとって、妊娠前からの準備がとても重要です。妊娠前からしっかりと喘息がコントロールされている方は、妊娠中も症状が安定しやすいことがわかっています。
<喘息患者さんの妊娠前の準備のポイント>
・定期的な治療の継続:吸入ステロイド薬などの長期管理薬をしっかりと使用する
・禁煙の徹底:妊娠前の喫煙は、妊娠中の喘息悪化や将来の子どもの喘息発症リスクを高めます
・適正体重の維持:女性は男性よりも肥満の影響を強く受け、BMI25以上の軽度肥満でも喘息が悪化しやすくなります
また、女性の喘息患者さんの約3分の1に、月経が始まる2~3日前から喘息症状の悪化がみられます。これはホルモンバランスの変化により、肺の中の水分がたまりやすくなることが原因と考えられています。
この症状がある方は、妊娠中もホルモンの影響を受けやすい可能性があるため、より注意深い管理が必要です。医師に相談して、適切な対策を立てておきましょう。
【参考情報】『女性のぜん息患者さんへ』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/case/women.html
【参考情報】『肥満を有する成人喘息患者の病態と治療への展望』日本呼吸器学会
https://is.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/ajrs/008060365j.pdf
2.妊娠中の喘息への影響とコントロール不十分な場合のリスク
妊娠中の喘息症状の変化には個人差があります。ここでは、妊娠によって喘息が悪化する原因と時期、そしてコントロール不十分な場合にお母さんと赤ちゃんに起こりうるリスクについて説明します。
2-1.妊娠すると症状がひどくなるのか?~悪化の原因と時期~
妊娠すると、3分の1の人が喘息の症状が悪化します。逆に症状が改善する人も3分の1、変わらない人も3分の1います。
妊娠による喘息悪化には以下のような要因があると考えられています。
1.ホルモンの変化:女性ホルモンの分泌量が変化するため、呼吸が浅くなったり、気道の炎症が悪化してしまう。
2.体の機能の変化:おなかの赤ちゃんが成長すると、横隔膜が押し上げられて肺活量が減少します。
3.血流量の変化:全身の血液量が増加する一方で、肺に入る空気が減るため、酸素と血流のバランスが崩れやすくなります。
4.免疫システムの変化:妊娠中は、お母さんの免疫系がお腹の赤ちゃんを守るために変化し、特定の刺激に対して敏感になることがあります。これによって、アレルゲンや大気汚染物質などの影響を受けやすくなる場合があります。
しかし、「どんな人が悪化するのか」「どのような原因で悪化するのか」は、いろいろな要素が複雑に作用して決まるため、妊娠前に予測するのは困難です。そのため病院では、症状に応じた対応を行います。
2-2.喘息コントロールが不十分な場合の母体と胎児へのリスク
妊娠中に喘息のコントロールが不十分だと、お母さんと赤ちゃんの両方に様々なリスクが高まります。具体的には以下のような合併症が報告されています。
<お母さんへの影響>
・妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)
・早産のリスク増加
・周産期(出産前後)の合併症
<赤ちゃんへの影響>
・低出生体重児(2,500g未満)
・子宮内発育遅延(お腹の中での成長が遅れる)
・新生児呼吸窮迫症候群
・重度の喘息発作に伴う、胎児の発達へのリスク
これらのリスクは、喘息の薬を使うことによるリスクよりもはるかに大きいことがわかっています。つまり、薬をやめることの方が、お母さんにも赤ちゃんにも危険なのです。
3.妊娠中の喘息治療薬の安全性と赤ちゃんへの影響
妊娠中の薬の使用に不安を感じる方は多いでしょう。ここでは、喘息治療薬が妊娠中も安全に使用できる理由と、お腹の中の赤ちゃんへの影響について、科学的な根拠をもとに詳しく解説します。
3-1.喘息の薬は妊娠中も安全に使えるのか?
大人の喘息に使用される主な薬は吸入ステロイド薬ですが、妊娠中もこの薬を使用することができます。
「ステロイド」と聞くと、効果はあっても副作用が強い薬というイメージがあるかもしれませんが、喘息の治療で使う吸入ステロイドは、飲み薬のステロイドとは作用の仕方がまったく違います。
一般的な飲み薬は、その効果を長く持続させるため、肝臓ですぐに分解されないための工夫をして作られています。そのため、何時間にもわたって全身に効果を発揮しますが、多い量を長く飲み続けると、さまざまな副作用も出てきます。
しかし、たいていの吸入薬は、肺や気管支の粘膜にとどまって炎症を抑えるように作られているので、全身への影響は極めて少なく抑えられています。飲みこんだ分も、胃の粘膜の一部から吸収された後、すぐに肝臓で分解される工夫がされています。さらに、内服薬と比べると1/1000の量なので、医師の指示通りに正しく使用していれば問題ありません。
【自己判断で薬を中止するのは絶対に避けてください】
妊娠中、薬に対する不安から自己判断で吸入薬や飲み薬の使用を止めてしまう妊婦さんがいますが、これは極めて危険です。
喘息が急激に悪化し、お母さんが強い発作で低酸素状態になると、赤ちゃんにも酸素が届かなくなり、薬の影響よりもはるかに大きなリスクとなります。薬の調整は、必ず主治医(呼吸器内科医)と相談しながら行ってください。
【授乳中の薬の使用について】
授乳中も喘息の治療薬は安全に使用できます。母乳に移行する薬の量はお母さんが服用した量の1%程度以下とごくわずかであり、赤ちゃんに影響が出る心配はほとんどありません。
もし気になる場合は、薬を飲んだ直後や直前に授乳したり、事前に搾乳しておいて哺乳瓶で飲ませるなど、授乳のタイミングを工夫する方法もあります。
授乳を中断する必要はありませんので、安心して母乳育児を続けてください。
3-2.お腹の中の赤ちゃんに影響はあるのか
妊娠中に薬を使うのは不安かもしれませんが、母体や胎児への影響はほとんどないので安心して治療を続けてください。産まれた赤ちゃんに母乳をあげるのも問題ありません。
妊娠中はおなかが大きくなって横隔膜が持ち上げられるため、呼吸の機能に影響が出てきます。そこに喘息の発作が起きると、おなかの中の赤ちゃんが酸素不足になり、低酸素血症となる恐れがあります。すると、赤ちゃんは肺の機能が十分に発育しないまま生まれてしまい、呼吸障害が起きることがあります。
【参考情報】『喘息妊婦の臨床的特徴とその対応』日本産婦人科医会
https://www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/MEMBERS/TANPA/H11/990308
おなかの中の赤ちゃんへの影響を心配して、薬をなるべく使いたくないという気持ちはわかるのですが、赤ちゃんにとっては薬の影響より低酸素血症になる方がよほど危険なので、自己判断で薬をやめることは絶対にしないでください。
薬をやめたことで大きな発作が起こってしまうと、これまでより強い薬を使わざるを得ないこともあります。
【参考情報】『妊娠と気管支喘息』アレルギー63巻 2号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/63/2/63_KJ00009262743/_pdf
4.妊娠中も喘息の症状をコントロールするための3つのポイント
妊娠中は、体の変化が大きく心身に負担がかかります。また、免疫のシステムのはたらきにより普段より感染症にかかりやすくなるので、主治医や家族など周囲の人の力も借りて、上手に体調をコントロールしましょう。
4−1.喘息の治療は続けましょう
主治医に妊娠したことを告げ、これまで通り治療を続けましょう。妊娠中も上手に喘息のコントロールができていれば、赤ちゃんへの影響はほとんどありません。
逆に不十分だと、妊娠高血圧や妊娠中毒症のほか、早産、低出生体重児などのリスクが高まります。産婦人科の担当医にも、喘息があること、現在も薬を使用していることを告げてください。
■呼吸器内科と産婦人科の連携が大切です
妊娠中に喘息の症状で困った場合は、まずかかりつけの呼吸器内科を受診してください。呼吸器内科から産婦人科へ紹介状を書いてもらうことで、両科が連携してあなたと赤ちゃんの健康を守ります。喘息の症状が不安定な方は、喘息専門外来のある病院の受診も検討しましょう。
■ピークフローメーターで自己管理をしましょう
ピークフローメーターで息を吐く力を数値化し、毎日測定・記録することで、喘息の変化を早期発見できます。数値が下がったら発作の前兆かもしれないので早めに主治医に相談してください。妊娠後期はおなかの赤ちゃんが横隔膜を押し上げる影響で、値が低下することもありますが、急激な変化を見逃さないことが大切です。
■喘息日記をつけてみましょう
毎日の症状、薬の使用状況、ピークフロー値などを記録する「喘息日記」をつけましょう。症状悪化のきっかけや効果的な対策がわかり、診察時に医師が適切な治療方針を立てやすくなります。環境再生保全機構のウェブサイトなどで、用紙をダウンロードできます。
【参考情報】『女性のぜん息患者さんへ』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/case/women.html
【参考情報】『自分のぜん息の状態を把握する』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/control/condition/peakflow.html
4−2.風邪やインフルエンザを予防しましょう
風邪やインフルエンザにかかると、それをきっかけに喘息の発作が起こったり、症状がひどくなる恐れがあります。秋から冬にかけては冷えや乾燥を防ぎ、外出時はマスクを着用しましょう。家に帰ったら、手洗いも忘れずに。
妊娠中は、免疫のシステムがお腹の中の赤ちゃんを「異物=敵」とみなして攻撃するのを防ぐため、体の中で特別な仕組みがはたらきます。その影響で菌やウイルスに対する抵抗力が弱くなるので、普段は丈夫な人でも感染症にかかりやすくなります。
妊娠中や授乳中でも、インフルエンザの予防接種を受けることはできます。ワクチン接種を希望する方は、主治医に相談しましょう。家族にも予防に協力してもらい、母体と胎児の健康を守ってください。
4−3.「発作の元」を避けましょう
喘息には、ダニやカビ、ペットの毛など特定の物質(アレルゲン)が原因で発症する「アトピー型喘息」と、ウイルス感染や過労、ストレスなどがきっかけで発症する「非アトピー型喘息」があります。
アトピー型喘息の人は、アレルゲンを取り除くため、なるべくこまめに部屋や寝具を掃除しましょう。布製のソファは合成皮革のものに替えるなど、できれば部屋に布製の家具や雑貨を置かないようにすると、より効果的です。
アトピー型喘息の人も、非アトピー型喘息の人も、過労やストレスは発作の引き金となるので、休息や睡眠を十分にとってください。ただでさえ、妊娠中は心身の変化が大きく疲れやすくなりがちなので、仕事や家事の合間に休憩をはさむことを忘れないでください。
5.もし発作が起きてしまった場合の緊急対応
発作が起きたときは、まず気管支拡張薬(短時間作用型β2刺激薬)を吸入して様子を見てください。それでも息苦しさが続く場合は、すぐに医療機関を受診しましょう。
発作が中等度以上になると、お母さんの血液中の酸素濃度(SpO2)が95%以下に下がってしまい、赤ちゃんも酸素不足になる危険があります。我慢せず、早めに対応することが大切です。
特に妊娠24週から36週(妊娠7~9ヶ月)は喘息発作が起きやすい時期ですので、より注意が必要です。一方、出産直前の37週から40週(臨月)は症状が落ち着くことが多いと報告されています。
【参考情報】『妊娠と気管支喘息の管理』日本産婦人科医会研修ノート
https://www.jaog.or.jp/note/%EF%BC%882%EF%BC%89%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%81%AE%E5%AE%9F%E9%9A%9B/
6.おわりに
喘息があっても、妊娠・出産・授乳をすることはできます。しかし、おなかの中の赤ちゃんへの影響が心配なあまり、自己判断で薬や治療をやめてしまうと大変危険です。
きちんと治療を続け、お腹の中の赤ちゃんに十分な栄養と酸素を与え、主治医の指示を受けながら、順調な生育を見守っていきましょう。
【参考情報】『Asthma and Pregnancy』American Lung Association
https://www.lung.org/lung-health-diseases/lung-disease-lookup/asthma/managing-asthma/asthma-and-pregnancy














