びまん性汎細気管支炎について
「びまん性」という言葉には「はびこる」という意味があります。びまん性汎細気管支炎(びまんせいはんさいきかんしえん)とは、左右両方の肺の呼吸細気管支(こきゅうさいきかんし)に慢性的な炎症がはびこっている状態の病気です。
1969年に日本から世界に初めて報告された疾患で、現在では国際的に認知されています。
副鼻腔気管支症候群(sinobronchial syndrome:SBS)の代表的な疾患の一つとして位置づけられており、近年は、栄養状態の改善や初期症状である副鼻腔炎に対してマクロライド系抗生物質が処方されるようになったため、患者数自体は減少しています。
1.びまん性汎細気管支炎について
びまん性汎細気管支炎とは、呼吸細気管支という細い気管支に慢性的な炎症がおこり、痰や咳、息切れ、呼吸困難などの症状を引き起こす病気です。
また、ほとんどのかたは慢性副鼻腔炎を合併します。
【参考資料】「Diffuse panbronchiolitis」 GARD(Genetic and Rare Diseases Information Center)
https://rarediseases.info.nih.gov/diseases/8526/diffuse-panbronchiolitis
◆「副鼻腔炎とはどんな病気?咳・アレルギー・いびきとの関係」>>
発症年齢は40~50歳代に多いですが、若年者から高齢者まで発症し、男女差はありません。
日本をはじめ、東アジアで多くみられますが、欧米ではほとんどみられません。
この疾患の発症に関しては、遺伝的要因が強く関与していることが研究で明らかになっています。
特に、HLA-B54という遺伝子型を持つ日本人の患者さんが約63%にのぼり、一般の日本人では約11%であることから、この遺伝子型が発症リスクを高める重要な要因と考えられています。
【参考資料】「びまん性汎細気管支炎の遺伝的素因」 日本呼吸器学会
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnms/66/5/66_5_336/_pdf
1-1.症状
呼吸器の症状としては、痰や咳、喘鳴(ヒューヒュー、ゼーゼーといった呼吸音)、息苦しさなどがあります。
とくに、痰の量が多いという特徴があり、多い時には1日200~300㎖の痰が出ることがあります。
また、ほとんどのかたは慢性副鼻腔炎を合併しているので、鼻づまりや膿性鼻汁(黄色い鼻水)、後鼻漏(鼻水がのどに落ちる)、においがしないなどの症状があります。
多くの患者さんで慢性副鼻腔炎を合併するため、鼻症状と呼吸器症状が同時に現れることが特徴的です。
また、気管支の表面にある線毛の動きが悪くなることで、痰の排出能力が低下し、呼吸困難を引き起こし、進行すると、チアノーゼ(皮膚や唇が青紫色になる状態)や低酸素血症を起こすこともあります。
1-2.検査
主な検査として、胸部エックス線検査や胸部CT検査、血液検査などを行います。
びまん性汎細気管支炎では以下のような所見が認められます。
<胸部エックス線検査および胸部CT検査では>
左右両方の肺全体に小さな粒状の影が広がっていたり、気管支の壁が厚くなっているのがみられます。
<血液検査では>
炎症で増えるCRPの上昇や白血球数の増加、免疫に関するIgGなどのγグロブリンの増加などがみられます。
痰からは、初期にはインフルエンザ菌などがみられ、病気が進行すると緑膿菌がみられるようになります。
この病気は厚生労働省により指定難病として認められており、以下の診断基準が設けられています。
<必須項目(すべてを満たす必要があります)>
・咳と痰の症状:痰がからんだ咳が続く、膿のような黄色っぽい痰が出る、体を動かすと息切れがする
・鼻の病気:慢性副鼻腔炎(蓄膿症)を患っているか、以前に患ったことがある(レントゲンで確認します)
・胸のレントゲン・CT検査:両方の肺全体に、小さな粒のような影が広がって見える
<参考項目(2つ以上を満たしている)>
・聴診器での音:医師が聴診器で胸の音を聞いた時に、「プツプツ」「ジュージュー」といった水の泡がはじけるような音が聞こえる
・呼吸の検査:肺活量の検査で、1秒間に吐き出せる空気の割合が70%以下で、血液中の酸素の量が80Torr以下(正常は90Torr以上)
・血液検査:寒冷凝集素という数値が64倍以上に高くなっている(体の中で炎症が起きているサインです)
これらの基準により、医師が総合的に診断を行います。
【参考資料】「B-02 びまん性汎細気管支炎 – B. 気道閉塞性疾患」日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/b/b-02.html/
【参考資料】東京都保健医療局「びまん性汎細気管支炎診断基準」
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/totan09
1-3.治療
治療方法は、マクロライド系抗生物質の少量長期療法が有効です。
患者さんによっては治療期間は数年かかることがありますが、早期発見・早期の適切な治療により症状の改善が見込める病気です。
病気が進行すると、細菌感染による病気の悪化を繰り返してしまい、呼吸不全につながってしまいます。
1970年代には5年生存率が63%でしたが、マクロライド系抗生物質の登場により、1985年代以降では91%へと大幅に改善しました。
【参考資料】「新・呼吸器専門内科医テキスト」日本呼吸器学会
https://www.nankodo.co.jp/g/g9784524226894/
またこの病気の悪化を防ぐ方法として、栄養状態の改善、そしてインフルエンザや肺炎球菌ワクチンの接種が効果的といわれています。
主に以下のような薬がびまん性汎細気管支炎の治療に使用されます。
・マクロライド系抗菌薬:エリスロマイシン、クラリスロマイシンなど通常の半分以下の量を6ヶ月から2年間継続して服用抗菌作用に加え、抗炎症作用や気道分泌物を減らす効果があります。
・去痰薬:痰を出しやすくする薬
・気管支拡張薬:気管支を広げて呼吸を楽にする薬
マクロライド系の薬は苦味があるため、噛まずに飲み込むことが大切です。
まれに心電図異常(QT延長)を起こすことがあるため、定期的な検査が必要です。
1-4.副鼻腔気管支症候群(SBS)との関係
びまん性汎細気管支炎は、副鼻腔気管支症候群(SBS:Sinobronchial Syndrome)という病気の概念に含まれます。
SBSとは、上気道(副鼻腔)と下気道(気管支)に同時に慢性的な炎症が起こる病態のことです。
具体的には、慢性副鼻腔炎を背景として、慢性気管支炎、気管支拡張症、びまん性汎細気管支炎などの下気道炎症が併発する状態を指します。
<SBSの特徴>
・8週間以上続く湿性咳嗽(痰を伴う咳)
・副鼻腔炎様の症状(鼻づまり、膿性鼻汁など)
・マクロライド系抗菌薬による治療が効果的
【参考資料】日本内科学会「副鼻腔気管支症候群」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/109/10/109_2132/_pdf
2.在宅治療について
病気が進行し、血液中の酸素濃度が低下した場合には、在宅酸素療法(HOT)が導入されます。
これは自宅で酸素吸入を行う治療法で、これらの効果があります。
・呼吸困難の軽減
・日常生活活動の向上
・心臓への負担軽減
・生活の質(QOL)の改善
在宅酸素療法の対象となるのは、安静時の血液中酸素分圧(PaO2)が60Torr未満、または歩行などの軽い運動で55Torr未満になる場合です。
【参考資料】『在宅酸素療法導入時の患者アセスメント』J-Stage
https://x.gd/NdXkF
3.症状悪化の予防と対策
日常生活での症状悪化を防ぐために、以下の点に注意しましょう。
<感染予防対策>
・手洗い・うがいの徹底
・マスクの着用
・人混みを避ける
・インフルエンザ・肺炎球菌ワクチンの接種
<環境整備>
・室内の温度・湿度管理(適温20-25℃、湿度50-60%)
・空気清浄機の使用
・禁煙・受動喫煙の回避
・ほこりの除去
<栄養管理>
・バランスの良い食事
・十分な水分摂取
・体重管理(やせすぎ・太りすぎの防止)
以下の症状が現れた場合は、早めに医療機関を受診することが大切です。
・痰の量や色の変化(黄色や緑色になる)
・咳の増悪
・息切れの悪化
・発熱
【参考資料】『在宅呼吸ケア白書2024』日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
https://www.jsrcr.jp/publish/file/Respiratory_Care_White_Paper_2024.pdf
【参考資料】『『非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021』日本呼吸器学会・日本呼吸ケア・リハビリテーション学会合同
https://www.jrs.or.jp/publication/file/np2021.pdf
4.おわりに
びまん性汎細気管支炎は、放置せずに早めに治療することが大切です。
痰や咳などの気になる症状がありましたら、早めに呼吸器内科を受診しましょう。