咳が止まらない…うつる病気とうつらない病気

新型コロナウイルスの流行をきっかけに、手洗いやマスクの着用、人との距離を保つといった感染対策が広く浸透したことは歓迎すべきことです。
しかし一方で、咳をしているだけで不当な疑いをかけられたり、差別的な扱いを受けたりする人がいるなど、少し咳き込んだだけで不利益を被るケースも生まれています。
咳に過敏になる気持ちは自分や周囲を守るためには自然ですが、咳の原因となる病気には、感染するものと感染しないものがあることも理解しておきましょう。
目次
1.うつる・うつらないを見分ける考え方
咳が出る病気には、人にうつるものとうつらないものがあります。この違いを分けるポイントは、病気の原因が「病原体による感染」かどうかです。
うつる病気は、ウイルスや細菌などの病原体が体内で増え、咳やくしゃみと一緒に外に出ることで、周囲の人に感染します。いわゆる飛沫感染やエアロゾル感染が起こるのは、このタイプの病気です。
【参考情報】『Aerosol Transmission of Infectious Disease』CDC
https://stacks.cdc.gov/view/cdc/222106
一方、うつらない病気は、体質や慢性的な炎症、臓器の機能低下などが原因で起こります。喘息やCOPD、心不全などでは咳が出ますが、病原体が原因ではないため、他人に感染することはありません。
つまり、「咳が出ているかどうか」ではなく、「感染する病原体が関わっているかどうか」が、うつる・うつらないを判断する軸になります。
【参考情報】『Bacterial vs. viral infections: How do they differ?』Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/infectious-diseases/expert-answers/infectious-disease/faq-20058098
1.咳でうつる代表的な呼吸器感染症
咳でうつる可能性のある病気は、主に呼吸器系の感染症です。代表的なものには次のような病気があります。
1-1.風邪
主にウイルス感染によって起こる呼吸器感染症です。咳やくしゃみ、鼻水、のどの痛みなどが代表的な症状です。多くの場合は1週間程度で自然に回復しますが、体調や年齢によっては症状が強く出ることもあります。
1-2.インフルエンザ
インフルエンザウイルスによる呼吸器感染症です。発熱、強い倦怠感、頭痛、筋肉痛などが急に現れ、咳やのどの痛みを伴うことも多くあります。風邪に比べて症状が重くなりやすく、高齢者や基礎疾患のある人では肺炎などの合併症を起こすことがあります。
1-3. マイコプラズマ肺炎
マイコプラズマ・ニューモニエという病原体によって起こる呼吸器感染症です。発熱や全身のだるさに続いて、乾いた咳が長く続くのが特徴です。症状は比較的軽いこともありますが、咳が数週間続くことがあり、治療が必要になる場合もあります。
1-4. 百日咳
百日咳菌によって起こる呼吸器感染症です。はじめは風邪のような軽い咳や鼻水から始まりますが、次第に発作的で激しい咳が繰り返し起こるようになります。大人では典型的な症状が出にくく、長引く咳として見過ごされることがあります。
1-5. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
SARS-CoV-2によって起こる呼吸器感染症です。発熱やのどの痛み、咳、鼻水など、風邪に似た症状で始まることが多く、咳や会話による飛沫で感染が広がります。近年は重症化する人の割合は減っていますが、咳だけが長く続くケースや、症状が軽いために感染に気づかない例もあります。
1-6.RSウイルス感染症
RSウイルスによって起こる呼吸器感染症です。咳や鼻水、発熱などの症状がみられます。乳幼児の病気という印象が強いですが、近年は高齢者や基礎疾患のある成人でも流行が確認されています。
1-7.気管支炎・肺炎
ウイルスや細菌に感染して、気管支や肺に炎症が起こる病気です。咳や痰が主な症状です。特に急性気管支炎は、風邪に続いて起こることが多く、周囲に感染を広げる可能性があります。
1-8.結核
結核菌によって起こる呼吸器感染症です。長く続く咳や痰、微熱、体重減少などがみられ、咳やくしゃみによって空気中に放出された菌を吸い込むことで感染します。日本では過去の病気と思われがちですが、ここ数年も毎年新たな患者が確認されており、特に高齢者を中心に発症がみられます。
2.咳が出てもうつらない病気
咳が出ていても、以下のような病気は感染症ではないので、人にうつりません。
2-1.喘息
気道に慢性的な炎症があることで、刺激に対して過敏に反応する病気です。咳や息苦しさ、ヒューヒュー・ゼイゼイという呼吸音が出ることがあります。
2-2.咳喘息
喘息とよく似た病気ですが、ヒューヒュー・ゼイゼイといった呼吸音や強い息苦しさは目立たないことが多いです。
2-3.アトピー咳嗽(がいそう)
アレルギー体質が関係して起こる病気です。乾いた咳が長く続くのが特徴で、発熱や痰はあまり見られません。
2-4.COPD(慢性閉塞性肺疾患)
主に長年の喫煙によって気道や肺が傷つき、咳や痰、息切れが続く慢性の呼吸器疾患です。
2-5.間質性肺炎
肺の中で酸素の通り道となる「間質」に炎症や線維化が起こる病気です。主な症状は、乾いた咳や息切れです。病名に「肺炎」とありますが、感染症ではありません。そのため、咳が出ていても人にうつることはありません。
2-6.胃食道逆流症(GERD)
胃酸や胃の内容物が食道に逆流することで、胸やけや呑酸(酸っぱい液が上がる感じ)を起こす病気です。逆流した胃酸がのどや気道を刺激すると、咳が続くことがあります。
【参考情報】『GERD-related chronic cough: Possible mechanism, diagnosis and treatment』National Library of Medicine
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9630749/
2-7.心不全
心臓の働きが弱くなり、血液がうまく循環しなくなると、血液が肺にたまりやすくなり、肺の中に水分がしみ出します。この水分が気道を刺激することで、咳や息苦しさが起こります。
【参考情報】『心不全で咳や痰がでるのはなぜですか?』心不全のいろは
https://heart-failure.jp/faq/answer-024/
その他、花粉症などのアレルギー反応によって咳やくしゃみが出るという人も多いですが、人にうつることはありません。
3.周囲への配慮と咳エチケット
咳が出ているときは、原因がはっきりしない段階でも、周囲への配慮として基本的な対策を取ることが大切です。
これは感染の有無にかかわらず、不要な不安や誤解を防ぐためにも有効です。
3-1.咳エチケットとは何か?
咳エチケットとは、咳やくしゃみによって飛び散る飛沫(ひまつ)に含まれる病原体を周囲に広げないための基本的な配慮行動です。
風邪やインフルエンザ、新型コロナウイルスなど、咳を伴う感染症の拡大防止に重要です。
咳エチケットは、他人を守るだけでなく、自分自身が周囲から不必要な感染リスクを受けることを減らす行動でもあります。日常的に意識することで、社会全体の感染予防につながります。
また、感染症で咳が出ている間は、人混みを避ける、会話を控えるなどの行動も咳エチケットの一部です。
【参考情報】『咳エチケット』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000187997.html
3-2.咳やくしゃみをするときの基本動作
・マスクを着用し、口と鼻を確実に覆く
マスクは飛沫の拡散を防ぐ最も基本的な手段です。
・マスクがない場合は、ティッシュやハンカチで口と鼻を覆う
使用後のティッシュはすぐに捨て、ハンカチを使った場合は早めに洗濯してください。その後は、石けんやアルコールで手指を清潔に保つことが必要です。
・とっさのときは、手ではなく袖や肘の内側で覆う
急に咳やくしゃみが出た場合、手で口を覆くと、その手を介してドアノブや手すり、スマートフォンなどに病原体が付着しやすくなります。
3-3.マスク使用時の注意点
・鼻からあごまでしっかり覆う
鼻が出た状態では、呼吸や咳による飛沫が外に漏れやすくなります。
・湿ったマスクや汚れたマスクは交換する
マスクが湿ると、飛沫を防ぐ性能が低下し、細菌やウイルスが付着・増殖しやすくなります。
・外したマスクは再使用せず、適切に廃棄する
使用後のマスクの表面には、病原体が付着している可能性があります。外す際は表面に触れず、耳ひも部分を持って外し、すぐにごみ箱へ捨てます。
4.おわりに
咳は目に見えやすい症状であるため、周囲の反応を招きやすい一方で、その背景にある病気はさまざまです。感染症が原因の場合もあれば、体質や慢性的な疾患によるもので、他人にうつらない咳も多く存在します。
大切なのは、咳を一律に「うつるもの」と決めつけることではなく、正しい知識を持ち、冷静に判断することです。また、咳をしている側も、周囲への配慮として基本的な対策を取ることで、不必要な不安や摩擦を減らすことができます。
咳は誰にでも起こりうる身近な症状です。お互いに理解と配慮を持ち、必要以上に恐れず、必要な対策を取る。そのバランスを意識することが、安心して過ごせる社会につながります。










