じん肺症の基礎知識~予防から治療、日常生活の注意点まで~

長期間アスベストや穀物などの粉じんを吸入することによって、粉じんが肺の中に付着し、肺に“繊維増殖性変化”という病変が起こることがあります。
これを“じん肺(じん肺症)”といいます。
じん肺症は、製造業などの作業で粉じんを吸入することで発症する、職業性肺疾患の一つです。
目次
1.じん肺症の分類
じん肺症は、吸い込む粉じんの種類によって複数のタイプに分類されます。
それぞれで症状や合併症の傾向が異なるため、自分や職場の環境がどのタイプに当てはまるのかを知ることが予防や早期発見につながります。
1-1.珪肺症(けいはいしょう)
高濃度の遊離珪酸(ゆうりけいさん:石や砂に含まれる細かい粉じんの成分)を含む粉じんを吸入することによって発症するじん肺を“珪肺症”といいます。
遊離珪酸は鉱物の一種で、金属鉱山や採石、石工、研磨、耐火煉瓦製造などの作業で発生します。
通常は20年以上遊離珪酸を吸入することで発症し、これを古典的珪肺といいます。
高濃度の遊離珪酸を含む粉じんを吸入したり、大量に吸入することで、5~10年ほどで発症するものを急進珪肺、1~数年で発症するものを急性珪肺といいます。
近年では職場環境が大幅に改善されたので、急進珪肺(短期間で急に進む珪肺)や急性珪肺(粉じんを大量に吸うことで短期間に起こる珪肺)はみられなくなりました。
珪肺症は肺の上部に小さな結節状の影が現れるのが特徴で、進行すると結節が融合して大きな塊状の影を形成することがあります。
肺がんの合併リスクも高いため、定期的な検査が重要です。
【参考情報】”Silicosis: 2010 Case Definition” by CDC
https://ndc.services.cdc.gov/case-definitions/silicosis-2010/
1-2.石綿肺(せきめんはい)
石綿(アスベスト)を含む粉じんを吸入することによって発症するじん肺を“石綿肺”といいます。
石綿紡績作業、石綿セメント製造作業、石綿吹き付け作業などで発症リスクが高まります。
喫煙者の男性に多く、平均70歳前後で診断されます。
肺がんや悪性胸膜中皮腫(肺を覆う胸膜のがん)を合併することがあります。
特に喫煙習慣のある方は、合併するリスクが高まるので、禁煙は重要な予防策の一つです。
◆「40歳以上と喫煙者は知っておきたい!肺がんの基礎知識」>>
石綿肺は、曝露期間が10年以上に及ぶ場合に発症リスクが高まり、曝露が終了してから15~20年後に発症することが一般的です。
また、曝露をやめた後も病状が進行する場合があるため、退職後も定期的な健康診断を受けることが推奨されます。
◆「アスベストなどの粉塵が原因で起こる間質性肺炎とは?」>>
【参考情報】『石綿ばく露車の健康管理に関する保健指導マニュアル』環境省
https://www.env.go.jp/air/asbestos/moved/hokensidou.pdf
1-3.有機じん肺
穀物やカビ、きのこ胞子などの有機物を吸入することによって発症するじん肺を“有機じん肺“といい、職業性過敏性肺炎とほぼ同義となります。
最も頻度が高いのは“農夫肺“で、牧草に増殖した好熱性放線菌(温かい湿った牧草で増える細菌)の吸入が原因となることが多いです。
有機じん肺は、アレルギー反応や炎症反応が主な病態であるため、他のじん肺症と比べて比較的早期に症状が現れることがあります。
また、粉じんの曝露を避けることで症状が改善する可能性もあります。
【参考情報】”Hypersensitivity Pneumonitis” by MedlinePlus
https://medlineplus.gov/ency/article/000109.htm
1-4.溶接工肺
溶接作業によって生じた粉じんを吸入することで起きるじん肺を“溶接工肺”といいます。
溶接では金属同士を加熱・溶融して接着するため、高温で気化した金属が空気中で冷却されて微細な粉じん(溶接ヒューム)が形成されます。
酸化鉄が主体の溶接ヒュームは小さい粒子なので、一部が気管支や肺胞内に入り込み、炎症や繊維化を引き起こします。
現在、溶接に従事する労働者数は多く、じん肺発生者数も溶接工肺が最も多いとされています。
溶接工肺は、他のじん肺と比べて進行が緩やかなことが多く、非粉じん作業に配置転換することで病変に改善が認められる場合もあります。
1-5.超硬合金肺
超硬合金製造や金属加工で生じる超硬合金の粉じんを吸入することで発症するじん肺を“超硬合金肺”といいます。
超硬合金はタングステンカーバイドを主成分、接合剤としてコバルトを用いて、高温で焼結して製造します。
また、用途に応じて、ニッケル、タンタル、クロムなどが含まれる材料を用いることがあります。
超硬合金肺の主な原因物質はコバルトと考えられ、タングステンも関連していると指摘されています。
通常のじん肺に比べて短期間の数年以内で発症することもあります。
【参考情報】”Pneumoconiosis” by Johns Hopkins Medicine
https://www.hopkinsmedicine.org/health/conditions-and-diseases/pneumoconiosis
2.じん肺症の症状
初期には自覚症状がないことが多いですが、初期の症状として咳や痰の増加、息切れなどがあります。
進行すると肺の組織が壊れてしまい、呼吸困難などの症状が現れることがあります。
有機じん肺では、発熱や疲労感などの症状が出ることもあります。
じん肺の症状は数年から十数年かけてゆっくりと進行します。
粉じん作業を行っているときは気づかなくても、作業を終了した後も病気は進行し続けるのが特徴です。
進行したじん肺症では、進行すると肺の組織が壊れてしまい、呼吸困難などの症状が現れることがあります。
胸の痛みや圧迫感を訴えるケースも少なくありません。
また、疲労感や体重減少といった全身症状も現れることがあります。
さらに気管支炎や肺がん、気胸などの合併症にもかかりやすくなっています。
特に、じん肺患者さんは結核や慢性気管支炎、肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患(COPD)の合併リスクが高まります。
じん肺の症状はゆっくり進行するので、原因で挙げられたようなものに接する機会があるなど、心当たりがある方は医師に伝えるようにしてください。
【参考情報】『Pneumoconiosis – Symptoms』Johns Hopkins Medicine
https://www.hopkinsmedicine.org/health/conditions-and-diseases/pneumoconiosis#symptoms
3.じん肺症の検査
まずは診察時に職業を確認し、じん肺の原因になる粉じん作業歴や職場環境をお尋ねします。
胸部レントゲン検査や胸部CT検査では、肺に繊維化の影があるかを確認します。
また、肺がんなどの合併症がないかもみていきます。
珪肺症では、肺の上のほうに小さな影(結節)が見られることが多く、石綿肺では、肺の下の部分や胸膜と呼ばれる膜のところにスジのような影が現れます。
CT検査は小さな病変も検出できるため、早期の肺がん発見にも役立ちます。
血液検査では、炎症の状態を調べます。
呼吸機能検査では、肺活量など呼吸機能の状態を確認します。
肺活量や一秒量といった呼吸機能の数値を測定すると、じん肺が進行するにつれてこれらの値が低下していく傾向があります。
4.じん肺症の対策と治療法
じん肺症の対策として最も重要なのは、粉じんを吸入する作業環境を改善し、防じん対策を徹底することです。
まずは職場の換気システムを強化したり、適切な防じんマスクを着用したりして、できるだけ粉じんの暴露を減らしていきましょう。
場合によっては、粉じんの少ない職種へ変更する必要が出てくることもあります。
根本的な治療法はないため、咳を抑えたり痰を取り除いたりする薬で症状を和らげていきます。
アレルギー性の炎症が起きている場合には、ステロイド薬や免疫抑制薬を使うこともあります。
呼吸困難が目立つようになった段階では、進行度に応じて在宅酸素療法を導入する場合もあります。
ご自宅で患者さんが酸素吸入を行い、体内の酸素濃度を安定させることで呼吸が楽になり、日常生活もより過ごしやすくなります。
さらに、呼吸リハビリテーションも効果的です。
口すぼめ呼吸や腹式呼吸などの呼吸訓練、体位排痰法などを行うことで、呼吸困難を軽減し、日常生活の動作を楽にするのに役立ちます。
【参考情報】『呼吸リハビリテーションマニュアル』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/pamphlet/form/01/pdf/archives_24814.pdf
【参考情報】『じん肺診査ハンドブック』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001561413.pdf
5.日常生活での注意点
じん肺は一度発症すると完治が難しい病気ですが、日常生活での工夫により、症状の進行を遅らせ、生活の質を維持することができます。
■感染予防の徹底
じん肺患者さんは呼吸器感染症にかかりやすい状態のため、日常的な感染対策が欠かせません。
うがいの励行、マスクの着用、手洗いを徹底しましょう。
風邪などの感染症が生じた場合は、早期に受診し、軽症のうちに治療することが必要です。
インフルエンザや肺炎球菌のワクチン接種も強く推奨されます。
■特に禁煙が大切
喫煙は肺の状態を悪化させる最大の要因であり、じん肺患者さんでは肺がんの合併率が非じん肺者と比較して高いため、禁煙外来の受診も検討しましょう。
■食事の注意点
呼吸機能が低下すると、食事をするだけでも疲れやすくなり、栄養不足になりがちです。
バランスの良い食事を心がけ、少量ずつ複数回に分けて食べるなど工夫しましょう。
■心のケアと定期受診の大切さ
じん肺症は慢性的な病気であり、患者さんが不安やストレスを抱えることも多いでしょう。
心理カウンセリングや患者会への参加は、気持ちを支え、前向きに生活する助けとなります。
症状が安定していても、定期的に呼吸器内科を受診し、病気の進行状況や合併症の有無を確認することが大切です。
6.おわりに
予防には、じん肺の原因となる粉じんを吸い込まないようにすることが大切です。
粉じんを扱う職場では、適切な防護具の使用や換気システムの整備など、職場環境の改善が不可欠です。
また、労働安全衛生法に基づく粉じん対策の徹底や、定期的な職場でのリスク評価も非常に重要です。
じん肺は、早期発見と適切な管理により、症状の進行を遅らせることが可能です。
定期的な健康診断を受け、早い段階でのじん肺の兆候を見逃さないことが大切です。
粉じんを扱う職業に従事している方で、咳や痰などの症状が気になる方は、呼吸器内科を受診しましょう。















